沿革

1898年 4月 神戸市三宮においてウォルシュ氏兄弟が経営していた製紙会社を岩崎久弥が譲り受け、合資会社神戸製紙所を設立し洋紙の抄造および販売を開始。(当社の創立)
1901年 6月 神戸市三宮から、兵庫県高砂市に工場を移転。(現在の高砂工場) 
1902年 12月 上質紙「金菱」の製造を開始。
1904年 6月 社名を合資会社三菱製紙所と改称。 
1911年 6月 台湾に台湾三菱製紙所を建設し、亜硫酸法による竹パルプの製造を開始。 
1916年 4月 台湾三菱製紙所を閉鎖。 
1917年 2月 東京都葛飾区新宿に中川工場を建設。 
11月 組織を株式会社に変更し、社名を三菱製紙株式会社と改称。 
1918年 3月 アート紙の製造を開始。
1925年12月 本社を兵庫県高砂市から東京都千代田区有楽町に移転。 
1935年 6月 バライタ原紙(写真用原紙)の抄造開始。
1944年 2月 京都写真工業株式会社と合併。写真印画紙に対する京都試製工場とする。(現在の京都工場) 
8月 浪速製紙株式会社と合併。板紙の抄造に当り浪速工場と改称。 
1946年 8月 三菱製紙労働組合連合会が組織される。 
1950年 4月 各場所労働組合を合併して単一組合とし、三菱製紙労働組合と称す。 
7月 蛍光剤を使用した印画紙「月光V」(青黒調)を発売。多大な反響を呼ぶ。
1952年11月 三菱製紙健康保険組合設立。 
1962年 6月 米国The National Cash Register Co.と日本国内のNCR紙の製造につき技術提携契約調印。 
1965年 4月 三菱カラー印画紙販売。
1966年 4月 青森県八戸市に、八戸工場を新設。  
4月 白河パルプ工業株式会社と合併し、白河工場(現在の白河事業所)および北上工場(現在の北上ハイテクペーパー(株))を当社工場とする。
12月 浪速工場を閉鎖。 
1971年 8月 中央研究所を新設。 
1974年 7月 簡易製版印刷システム「三菱シルバーマスター」販売。 
1979年 7月 印刷センターを新設。 
1981年 7月 本社を東京都千代田区丸の内3丁目4番2号に移転。
1989年 1月 筑波研究所を新設。(現在の機能材研究開発センター) 
8月 デュッセルドルフ(ドイツ)に、現地法人Mitsubishi Paper GmbHを設立。 
1990年 8月 三菱商事と合弁でチリにForestal Tierra Chilena Ltda.を設立し、海外植林事業に着手。
1995年 1月 ニューヨーク(アメリカ)に合弁販社Mitsubishi Imaging(MPM),Inc.を設立。 
1999年 1月 ドイツの製紙会社2社の株式を取得。(現在のMitsubishi Hitec Paper GmbH Bielefeld工場 および Flensburg 工場)
2002年 6月

Mitsubishi Paper GmbHとドイツ製造子会社2社の持株会社としてMitsubishi Paper Holding (Europe)GmbH(Germany)を設立

2003年 3月 中川工場を閉鎖。 
2005年 4月 北上工場事業を分社化、北上ハイテクペーパー株式会社を設立。 
2007年 8月 富士フイルムと写真事業に関して業務提携。
2007年11月 王子製紙と情報用紙事業に関して業務提携。
11月 中国に珠海清菱浄化科技有限公司を設立、中国でのフィルター製品加工事業を開始。
2008年 4月 メキシコにMP Juarez(LLC)を設置、北米でのインクジェット用紙加工事業を開始。
2010年10月 ドイツ製造子会社2社(Mitsubishi Hitec Paper Bielefeld GmbH および Mitsubishi Hitec Paper Flensburg GmbH)を統合、Mitsubishi Hitec Paper Europe GmbHを設立。
2011年 10月 興人㈱の化学紙事業子会社であるKJ特殊紙㈱を完全子会社化。
2012年 7月 本社を東京都墨田区両国2丁目10番14号に移転。

ページトップへ